元・東京都江戸川区
教育委員会教育長と考える

ライフステージ教育の重要性

元東京都江戸川区教育委員会教育長と考えるライフステージ教育の重要性
ベルタ社員と白井正三郎氏

ベルタ

教育

現代の子どもたちは、
自分の人生を描く「材料」が圧倒的に足りていない。
そう感じたことはありませんか?

どんな仕事に就くのか。
結婚するのか、しないのか。
子どもを望むのか、望まないのか。
どこで、誰と、どんなふうに生きていくのか。

こうした人生の選択肢は、これまで家庭や地域社会の中で“なんとなく”見えていたものでした。けれど今、社会構造が大きく変わる中で、その“見本”や“実感”が子どもたちの身近から失われつつあります。

私たち株式会社ベルタは、女性のライフステージに寄り添う企業として、妊娠・出産・子育て・キャリア・更年期といった多様な人生の節目と向き合い、社会との接点をつくる活動をしてきました。その中でたどり着いたのが、「ライフステージ教育」という新しい視点です。

キャリア教育が生涯の“大枠”を考えるならば、ライフステージ教育は、“ライフイベントにおける具体的な選択肢”を伝える教育です。

すべての子どもたちが自分の未来にワクワクした気持ちを抱き、自分の人生を自分で選べるように。その第一歩として、教育の現場における「ライフステージ教育」の必要性を見つめ直すきっかけになればと、今回のインタビューを企画しました。

お話を伺ったのは、長年にわたって江戸川区の教育改革に携わり、今も子どもたちに向き合い続けている白井正三郎さん。制度、現場、そして子どもたちのリアルを知る視点から、今なぜ「人生の教育」が必要なのかを伺いました。

職業を知るだけでは、
人生は描けない

生涯という大きな範囲で自分の人生を
どう描いていこうか

白井さんが手を広げて話している様子

ー キャリア教育が広がる中で、今の子どもたちに必要な教育とは何だとお考えですか?

そうですね、そもそもキャリア教育について改めてみつめてみると、キャリア教育が意味するものは2つあります。1つ目の狭い意味では「職業観の育成」。かつては生活の中で子どもたちは、色々な仕事を見てきましたが、今では都心の方だと親はネクタイを締めて朝どこかへ行って働いて、子どもからしたら何をしているかもわからない。職業との距離が生まれてしまったんですね。そういった意味で、職業に対する体験不足を補うためのキャリア教育が行われてきました。

もう一方で、広い意味でのキャリア教育は、生涯という大きな範囲で自分の人生をどう描いていこうかというものです。昔は、学校を卒業して、就職して、結婚して子どもを持つというのが典型的なライフスタイルだったんですよね。親族との関わり合いや、地域社会の人間関係を近くで見ることで、自分の人生やちょっと先の未来の想像がしやすかった。だけれども今は、社会構造の変化による人間関係の希薄化や、多様なライフスタイルの在り方もあいまって「人生を知る」「ちょっと先の未来を見る」という経験が少なくなっているんですね。

その結果、「こんな人生がある」「こういう選択肢もある」という“人生を考える材料”が十分でなくなり、子どもたちは将来を想像しにくくなっているように感じます。

自分の人生を選択して進んでいる様子

たとえば、「子どもを産む・産まない」「どこで暮らすか」「誰とどう生きるか」「心や体の不調とどう向き合うか」など。生き方や価値観が多様化する今だからこそ、そうした選択肢を知ったうえで、自分の生き方を考える機会が必要だと感じます。「選べなかった」のではなく、「知らなかったから選べなかった」、そんな後悔を減らすためにより具体的に未来を想像できるライフステージ教育は、すべての子どもたちに“自分の人生を選ぶ力”を育むために重要だと感じています。

子どもを取り巻く
環境の変化

地域・家庭を含む社会構造の変化

白井さんが手を組んで話している様子

ー 長年にわたり教育に携わってこられた中で、子どもを取り巻く環境はどのように変化してきたと感じますか?

社会構造の大きな変化は教育にも直結して影響しているなと強く感じています。 少子高齢化や核家族化、女性の社会進出や都市化にインターネットやAIの発達による情報化など挙げればきりがない程、社会はどんどん変化してきました。

例えば僕が小さなときは、東京の大きなまちでも商店があって、そこにはお肉屋さんや八百屋さん、町工場や農業を営む人がいて。お家では3世代が同居していたり、兄弟姉妹が多かったので子どもが自分より小さな子どもと関わることも多くありましたね。

少し自分よりね、年齢が上の人から親世代、おじいちゃんおばあちゃん世代まで、様々な人がまちの中、家の中で関わり合いながら生活をしていたので、自分が大きくなったときにどんな仕事に就くのか、どういう生活をしていくのかの想像がつきやすかったんですよね。 自分で勉強しようとか、情報を取りにいこうとしなくても、毎日の生活の中でライフステージの変化が間近で学べる環境でしたね。

ベルタ社員と白井さんが話している様子

ー なるほど。学校だけでなく、地域と家庭でも子どもを育てていたのですね。

そうですね。地域・家庭・学校で子どもを育てていた時代から、今は地域・家庭を含む社会の構造がそれぞれ変化したことで、学校への負担が増加しています。加えて、社会変化に合わせたIT教育やグローバル教育、問題解決能力やコミュニケーション能力の育成なども、学校教育に求められてきているので、余裕がない学校のほうが多いんじゃないんですかね。

学校教育の課題

「柔軟性」と「地域性」

白井さんが手を差して話している様子

ー 今の学校の課題は、端的にいうとどのようなところにあるとお考えですか?

「柔軟性」だと、僕は考えます。
どうしても学校は、たとえば算数は週何時間、英語は何時間といった決められたカリキュラムの中で動かざるを得ない。そんな中で、IT教育、グローバル教育、ライフデザインなど、社会に求められる新たな学びを取り入れようとしても、現場の先生方の負担が増えてしまうのが実情です。

さらに、地域や学校ごとの背景によっても、子どもたちに必要な支援や教育内容は違ってきます。たとえば江戸川区は、要保護・準要保護の家庭の割合が4割と高く、教育格差や生活面での支援も重要なテーマです。

日本と江戸川区の要保護、準要保護の家庭の割合の比較

裕福な地域と、そうでない地域では、子どもたちが見ている景色や抱えている課題も大きく異なる。にもかかわらず、全国一律の基準の中で動かなければならない現状では、その多様性に十分に対応できていません。
だからこそ、教育にはもっと「柔軟性」と「地域性」、そして「子ども一人ひとりの人生に寄り添う視点」が必要だと感じています。

現場の限界を感じる中で
では私たちは、
どんな教育を
目指していけばいいのか。

あるべき教育の姿とは

自ら学び、自ら選ぶ力を育てる教育

白井さんが机の上に手を置いて話している様子

ー そういった課題を抱えている学校教育ですが、白井さんの考えるあるべき教育の姿とは、どういうものなのでしょうか?

教育で一番大事なのは、子どもたちが「自ら学ぶ力」を身につけることだと考えています。
英語ができる、数学が解ける、もちろんそれも大事ですが、学力とは本来、それだけを指すものではありません。社会に出たとき、自分に必要なことを自分で学び、考え、選び取っていく力。それこそが、これからの時代に本当に必要とされる学力だと思うんです。

そうした力を育てる上で、学校はこれまで「キャリア教育」を進めてきました。
先ほどお伝えしたように狭い意味では、職業を知る・体験すること。けれど、それだけでは子どもたちは未来の自分を描ききれない。なぜなら今の子どもたちは、昔のように近所でさまざまな大人の仕事や暮らしぶりを見る機会が少なくなっているからです。親がどんな仕事をしているのかさえ、知らない子も多い。それでは、将来の職業をリアルに想像するのは難しいですよね。

そしてもうひとつ重要なのが、「人生という大きな視点でのキャリア教育」です。昔は、卒業して就職して、結婚して家庭を持って……というライフスタイルがある程度型として見えていました。でも今は、人生の選択肢が多様化している一方で、それを知る機会がとても限られていますね。「どんな大人になるか」「どんな夢をもつか」「子どもを持つかどうか」「どこに住むか」「どんな体や心の変化があるか」こうした人生の節目を知ることができなければ、選ぶこともできません。

だからこそ、自ら学び、自ら選ぶ力を育てる教育には、キャリア教育とあわせてより具体的な未来を想像するライフステージ教育も必要であると考えます。

求められる
“ライフステージ教育”

「生きる上での選択肢」や「未来の自分の姿」
を伝える教育

白井さんが両手を広げて話している様子

ー ずばり、これから求められていく学校教育の在り方とは、どのようなものだとお考えですか?

そもそも学校というのは、子どもたちが“よりよく生きていく”ための力を身につける場所です。九九や漢字を覚えることも大切ですが、もっと本質的には、「どんな人生を歩みたいか」「どうすればその人生を実現できるのか」を考えられる人を育てる場所であるべきなんです。

そのためには、子どもたち自身が“選択肢”を知っていることが前提になります。でも今の子どもたちは、「そもそもどんな選択肢があるのか」「どんな未来が待っているのか」を知らないことが多い。知識がないままでは、選びようがないし、夢や目標も描けません。
だからこそ、学生時代に「人生にはどんな道があるのか」を知っておくことが、とても重要だと思うんです。

それは、家庭環境や境遇に関係なく、すべての子どもたちに必要なことです。
ヤングケアラーの子も、貧困や不登校で苦しむ子も、どんな背景があっても、自分の人生に希望を持てるようにしてあげたい。
ただ勉強を教えるだけでなく、「生きる上での選択肢」や「未来の自分の姿」を伝える教育が必要なのではないですかね。それがベルタさんが提供しているような“ライフステージ教育”だと考えています。

ライフステージ教育の様子

重要性が高まる
“ナナメ”の関係

「学校では教えられない現実」や
「自分では気づけない選択肢」を届けてくれる

白井さんが両手を広げて話している様子

ー 白井さんは、ご自身でも様々なバックグラウンドをもつ子どもたちに、無償で勉強を教える塾を運営されていますよね。

そうなんです。僕が教育長をしていた頃に始めた「ぬくもり塾」では、家庭の事情で塾に通えない子どもや、成績に悩む子たちに、学びの場を提供しています。今も週に1回、江戸川区の船堀で、元校長先生や現役の先生、企業の方々と一緒に、個別指導を行っています。

ぬくもり塾の様子

ー いろんな立場の方が参加されているんですね。

はい。最近特に感じているのが、“ナナメの関係”の大切さなんです。子どもにとって、親や先生は“タテ”の関係、同級生や友達は“ヨコ”の関係。でもそのどちらでもない、地域の大人や企業の人、社会人の先輩たちのような存在が“ナナメ”の関係なんですね。

たとえるなら、家の柱と柱の間に入る「筋交い」のような役割。直接ではなくても、確かに子どもの成長を支えてくれる存在です。
昔は近所の八百屋さんや商店街のお兄さん、おじいちゃんおばあちゃんといった“ナナメ”の関係が自然に存在していました。でも今、それがどんどん希薄になってきている。
だからこそ、今の時代には、意識的に“ナナメの関係”をつくる必要があるんです。

地域や企業、そして社会全体が手を取り合って、子どもたちの「もうひとつの未来」を広げるサポーターになる。
「学校では教えられない現実」や「自分では気づけない選択肢」を届けてくれるのが、ナナメの関係なんです。
実際に、ぬくもり塾でも毎年何人もの子が、ここでの出会いや経験を通じて進学や進路に自信を持てるようになっています。
だから、ベルタさんが取り組んでいるライフステージ教育も、まさに“ナナメの関係”として、子どもたちの人生に寄り添う、とても意義ある活動だと思っています。

性別や境遇に関係なく、すべての子どもたちが「自分の人生を描けるようになるために」、これからも一緒に取り組んでいけたらうれしいですね。

PROFILE

白井正三郎

東京都江戸川区で生まれ育つ。高校卒業まで同区で過ごし、大学は家庭の事情で京都の同志社大学へ進学。帰京後、慶應義塾大学へ進学・卒業。就職活動では都庁と江戸川区役所の両方に合格したが、島への異動などを心配した母親の希望もあり、江戸川区役所に入庁。

江戸川区役所では、長期計画の作成、文化課、人事採用などを担当し、その後、産業振興課長・部長を歴任。58歳で教育長に就任し、61歳まで務めた。

退職後は、62歳から66歳まで江戸川区議会議員を務め、現在は会社の顧問を担うだけでなく、様々な要因で学校に行けない子どもたちへ無料塾(えどがわ夜間ぬくもり塾)を提供している。

えどがわ夜間ぬくもり塾:
https://npo-lh.com/study-support

LIFE STAGE EDUCATION
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