寝かしつけ後に出社!?朝方帰宅…
子育てと離婚を乗り越えて
新卒で“こんな仕事、辞めたい”から3社転職を経て
自分らしい編集者人生を切り拓く
——たまひよ編集者・米谷さんが語る
INTERVIEW
インタビュー
自分が選んだ
道なんだから
“失敗”なんてない
「違和感」から始まった
自分探しの道
弘前大学の教育学部に入った当時、周りはみんな学校の先生になるのが当たり前の環境。でも私はどこか違う気がしていました。雑誌や「ビックリハウス」※を読むのが好きで、ちょっとサブカル的なものに惹かれていて。大学2年の夏、沖縄で民宿バイトをした時も、「先生になって沖縄に戻ってくるね」なんて言ったけど、内心では違う道を考え始めていました。
※1974年から1985年まで刊行された、糸井重里や橋本治らが編集に関わった伝説的なサブカルチャー雑誌。YMOやタモリなども登場し、若者文化に大きな影響を与えた。
教育学部出身の私が東京の出版社に就職するなんて、周りからは「うちの大学から編集者になる人なんかいないよ!」と言われるような挑戦。でも雑誌が好きだから、東京に行きたい——そんな単純な思いで動き始めたのです。
新卒後、3社目で見つけた
想いを形にできる編集部
就職活動は苦労しました。教育学部出身で、地方大学からだと東京の就職情報がなかなか入ってこなくて。それでも「出版」という文字がついていればと思って、名古屋に本社がある出版社に入社したのです。ところが配属されたのは秋田営業所の営業職。このままじゃ遠回りすぎると感じて、1ヶ月で辞めてしまいました。親には申し訳なくて、昼も夜もバイトをして東京行きの資金を貯めました。
東京に出て編集と名の付く採用を探して、建築材業界誌の編集者になりました。自分にはまったく意味がわからない世界でしたが、日本各地を取材して回るうちに面白さを感じるようになりました。でも1年経たないうちに会社が潰れてしまって。次に入った出版社はかなり変わったところで、「謎の超古代日本史」「ソ連の戦闘機」など、想像もしていなかったジャンルの本を担当することに。官能小説を担当する先輩に手伝いを頼まれて「それは遠慮します」と断ったことも(笑)。
混沌とした環境の中、編集の仕事はできても、このまま自分の道はないのかと不安を感じていました。
「もっと違うところへ行きたい、自分の想いを形にできる編集部で仕事がしたい」そんな切実な思いで探し続けた結果、ようやく「婦人生活社」という女性誌の出版社に試験を受けて入社することができました。ここは育児や子どものファッションなどを扱う出版社。教育学部出身という自分の背景を初めて活かせる場所でした。『マタニティ』『ベビーエイジ』という妊娠育児雑誌の編集部で約7年働き、やっと自分のやりたかった仕事に出会えた。社会人になって数年で3社も転職するという波乱の日々でしたが、「面白い雑誌を作りたい」という思いだけは変わりませんでした。
編集者としての成長と
「面白がる」姿勢
編集の仕事で一番大変だったのは、時間の使い方。月刊誌のサイクルはあっという間に締め切りが来て、また取材して、次の企画を考えて……と延々と終わらない。30歳の頃にはこのままでいいのかなと考えるようになり、いったん会社を辞めたいと思ったのです。当時は「結婚するなら辞めてもいい」という風潮があったので、じゃあ結婚して寿退社しますと言って辞めました。
でも本当は、ただ一度立ち止まりたかっただけ。いつかまた編集の世界に戻るつもりでした。「絶対、戻れる。大丈夫」という自信があったのです。これまでも何度も職場を変えてきて、なんとかなってきたから(笑)。
私の強みは「面白がること」だと思います。人と違うことをやりたい、新しいことに挑戦したい、そんな気持ちが原動力になっていきました。妊娠育児雑誌の編集部ではそれが存分に発揮できました。オムツを付録にしたり、高級料亭の板前さんに「最高の離乳食」を作ってもらうため、息子が赤ちゃんだったころに、寝かしつけている横で閉店後の夜11時に電話して何度も食い下がったり。そういう「誰もやったことないこと」を実現する喜びがありました。
出版不況と言われ、雑誌の部数減が続くなか、今、編集の企画・特集は失敗できず、なかなか新たなチャレンジができない傾向が増えてきているように思います。でも私は今でも、あの頃と同じように面白いものを持ってこようという純粋な思いを忘れずに仕事をしています。編集者として大切にしているものは、変わっていないのです。
「妊活たまごクラブ」を創刊した時も、社内からは「不妊治療の方が課題として大きいのでは?」と言われました。もちろんそれも大事だけれど私はその前の段階、妊活をするかしないかという選択肢の段階にフォーカスしたかった。子どもを持つ、持たない、どちらを選んでもいいというメッセージを伝えたかったのです。自分の信じる方向に進むことが大切だと思っています。
仕事と子育ての両立、
そして離婚という選択
子どもが生後5ヶ月くらいから少しずつフリーの仕事を始めて、1歳になる頃に婦人誌の出版社に契約社員として入社したのですが、子育てと仕事の両立は本当に大変でした。保育園のお迎えが夕方6時。子どもをお風呂に入れて、食事を作って、寝かしつけて……夫が10時過ぎに帰ってきたら、あとよろしくと言って、そこから会社に行って作業して、朝方に帰宅。保育園に連れて行って、1時間くらい仮眠して会社に行く、そんな日々もありました。
保育園から子どもを連れて撮影スタジオに直行したこともありますし、子どもが寝た後に原稿を書いたり……今ではリモートワークという選択肢がありますが、当時はそうした環境はなかったのです。
「大変だったでしょう」と言われますが、当時の私はしょうがないと思っていました。仕事もちゃんとやりたいという気持ちが強くて。正直、子育ては「ちょっとテキトー」だったかもしれません。子どもには申し訳ないけど、巻き込んじゃってるよという感じでした。
息子が小学校に入るときに今の会社に転職。そのときも忙しい日々は続いていました。ご飯も適当で、習い事に行く日はファストフードやファミレスで夕飯をすませたり……焼き芋がご飯だった日もありました。宿題もほとんどやらせなかった。親がやらせるものなの?本人がやらないと言うならしょうがないと思っていたのです。
息子は今、大人になって「親に勉強しろって言われなくて、自分はよかった。母親が頑張っている姿はいつも見ていたよ」と言ってくれます。当時は仕事に追われる日々で、子どもに十分な時間を使えなかったことに罪悪感を感じることもありました。それでも自分なりに子どもの成長を見守ることだけは欠かさなかった。息子がそう言ってくれることで少し救われる気持ちはありますが、もっと一緒の時間を過ごせたらよかったなと思うことも確かです。
子育て中は夫との関係も難しい時期がありました。意見が合わなかったり、お互いに約束が守れなかったり……家庭内に険悪な雰囲気が続くことも少なくありませんでした。息子が高校2年生の時に離婚を決断しました。
離婚後は気持ちが楽になりました。長い間続いた険悪な関係から解放され、新しい生活を始めることができました。離婚は人それぞれの事情や感情があり、簡単な決断ではありませんが、私の場合はその選択が結果として良い方向に向かうきっかけになったと感じています。
「よく生まれ、よく終わる」
そんな社会を目指して
近年、世の中では子育てに対してネガティブな空気が流れていると感じています。「自分でその道を選んだのに」とか「たくさん支援をもらっているのに」と突き放すような風潮があります。
でもそうじゃなくて、「子育ては社会みんなでするもの」という意識を広げたいのです。私たちは皆、かつて赤ちゃんでした。誰しもその当時の社会的な支援を受けながら育ってきたはずです。そんな当事者意識を持ってもらえば、世の中の雰囲気も変わるんじゃないかと思っています。
これは子育てだけでなく、介護が必要な人、怪我をして松葉杖をついている人、マイノリティの人など、様々な人に対する共感の気持ちにもつながります。そうした思いから「子育てをみんなで」というメッセージを掲げたサイトの立ち上げを計画しています。
お役所のような「支援してあげる」というスタンスではなく、楽しく明るい雰囲気で子育てを支えあう、一人一人の違いを認め合い、共感する。それを「おめでとう」という気持ちを伝えあえる社会に変えていきたいと思っています。
もっと先の将来のことも考えています。いつか、誕生と看取りが共存するようなコミュニティを作りたいのです。ベネッセの企業理念は「よく生きる」ですが、私も同じように考えています。よく生きるということは「よく生まれ、よく終わる」ことだと思うのです。
そんな場所を作りたい。高齢者と新しい命が一緒にある環境。「この場所で最期を迎えてもいい」と思える人たちと、生まれてくる赤ちゃんが同じ空間で過ごせる場所。「今日も赤ちゃんが生まれたね」という声を聞きながら、別の場所では穏やかな看取りが行われている……そんな生と死が自然に共存するコミュニティです。最後まで笑いながら、赤ちゃんの泣き声を聞きながら死ねたらいいなと思っています。
生きている限り、「面白い」と思えることを追い求めていきたいですね。
若い世代へ伝えたい
多様な選択肢
今、チャレンジを迷っている人に伝えたいのは、「自分の気持ちが動いた言葉だけ聞けばいい」ということです。いろんな人がいろんなことを言ってくれるでしょうが、全部を鵜呑みにする必要はないのです。自分が納得できる、そうだなと思える言葉だけをピックアップして進めばいい。何より大事なのは、失敗を恐れないこと。どの道を選んでも結局はつじつまが合うというか……自分が選んでいるのだから、その選択に失敗はないのです。
私は今、若い方たちの将来の選択肢を広げる活動に力を入れています。特に妊活や出産に関する正しい知識を持ってもらうことが大切だと考えています。「子どもを持つか持たないか」も含めた選択肢を、もっと知ってほしい。
誰もが自分の将来について様々な選択肢を知り、自信を持って歩めるよう、背中を押してあげたい。自分の選んだ道を信じて進む人が増えるよう、これからも私自身もチャレンジを続けていきます。
——地方大学から単身上京し、3社の転職を経て自分の道を切り拓いてきた米谷さん。仕事と子育ての両立や離婚など、様々な経験を重ねながらも「面白がる」姿勢を貫いてきました。「子育ては社会みんなでするもの」という理念や、「よく生まれ、よく終わる」コミュニティの構想は、多くの女性の励みになるでしょう。これからの活動を心から応援しています。
PROFILE
米谷明子(よねやあきこ)
青森県出身。弘前大学応援大使。
弘前大学教育学部卒業後、出版業界へ。現在は株式会社ベネッセコーポレーションにて『たまごクラブ』『ひよこクラブ』の統括編集長および『妊活たまごクラブ』編集人を務める。
長年にわたり妊娠・出産・子育て関連のメディア制作に携わり、多くの女性と家族をサポートしている。
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